第2節 奴隷の一歩
採用試験の時間帯や場所についての文書は、履歴書と志望動機書を提出した1ヶ月後ほどに自宅に届いた。
あまりにも案内が無かったため、書類の時点で切られたのかと思ったほどである。
この時点で「文書をすぐに発送できないほど人事部が機能していない」ということに気付けていないあたり、自分の甘さに腹が立つ。
採用面での対応の遅さは企業においては致命的だというのに……。
届いた文書の内容は「とりあえず職場に来て筆記試験を受けてもらおうか」という内容のもの。
当日は、ついこの間慌てて仕立てたリクルートスーツと履きなれない革靴を履いて会場へ。
まず、会場に到着してトイレを下見した。
驚愕の光景だった。
一体どうしたらこんなに汚いトイレが出来上がるのだろうか。
配管は錆びついており、もはやきちんと水が流れるのかどうかすら謎であった。
1ヶ月や2ヶ月というレベルではない。
長年メンテナンスされず、機材も入れ替えられていないのは一目瞭然。
さらには臭いも相当なものだった。
「水回りがきちんとしていない職場にロクなところはない」という噂は聞いていたが……ここまで露骨なものは初めて見た。
「通常の感覚」であればここでトンズラするのだろうが、時代は「就職大氷河期」。
選択の余地など無い。
試験会場には受付が設置されていた。
死んだサバのような目をした女性職員が受付をしている。
仮に「サバ目の女」とでも名付けることにしよう。
こちらの名簿のお名前の横のチェックをお願いしますサバ目の女
はて?チェックねえ……一番乗りで到着してしまったので、どうにも要領を得ない。
既にチェックを入れた人が前に居れば良かったのだが……。
どんなチェックでもいいんでしょうか? 例えば○とかでも?てんめい(通常)
どちらでも構いませんよ(めんどくさそうな顔をしながら)サバ目の女
何だこの女は、と思いつつも会場内へ。
会議室の一室を使っているのだろうが、会場に入ってまず感じたのは「異常なまでのカビ臭さ」だ。
おそらく、床のカーペットは清掃されていない。
それに加え、カーテンの色は茶色かった。
元は白いレースのカーテンだったことを思わせるような柄をしているのだが、もはや「レースとは何だったのか」と思うほどの色合いである。
カビ臭い部屋で待っていると、採用試験の受験者が続々入室してくる。
最終的には60名程度の受験者が居ただろうか。
部屋に入った瞬間少し難しそうな顔をしていたあたり、きっと彼らも私と同じことを思ったに違いない。
そんな最悪の環境の中、筆記試験は開始された。
内容は、いたって簡単なもので、SPI試験と時事問題をミックスしたようなものであった。
絶対に6割以上取れた自信はあった。
むしろ、8割以上点数は取れていたのでは無いかと思う。
1次試験は難なくクリアし、2次試験の案内が来るまではそう長くは無かった。
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